健康寿命延伸のカギは“口”にあり? アンチエイジングで医科が歯科に熱視線を送る理由―― 「日本抗加齢医学会総会」レポート

イベントレポート

2026/10/19

 

2026年6月26日から28日にかけて、パシフィコ横浜で「第26回日本抗加齢医学会総会」が開かれた。折しも2つの台風が日本列島に接近し、交通機関への影響が心配される空模様となったが、会場には全国から5,000名を超える医師、歯科医師、研究者、医療従事者が集まった。

今大会のメインテーマとして掲げられたのは、「『人新世』のアンチエイジング:食事、運動、睡眠、美容による統合医療」。開会にあたり、大会長を務める昭和医科大学医学部の山岸昌一教授は、地球環境と人類の活動が複雑に絡み合う現代において、従来の対症療法にとどまらない持続可能な統合医療の確立が急務であると呼びかけた。人類が火を使い始めて以来摂取してきた終末糖化産物(AGEs)の病態生理から、最先端のエピゲノム解析に至るまで、その進化と環境変化を見据えた問いが投げかけられた。

会期中の3日間に組まれたプログラムは、約140セッション・450演題にのぼる。現代の抗加齢医学が扱う領域は多岐にわたり、食物繊維や腸内細菌叢に着目した食事・栄養療法、ロコモティブシンドロームやサルコペニアを標的とする運動器科学、睡眠と自律神経の連関、美容皮膚科・美容内科が牽引する外見と内面の統合アプローチ、さらには先端ゲノムやAI、遠隔医療の社会実装まで、全方位のテーマが網羅された。その広範な議論の中で、医科のトップランナーたちから重要な領域として位置づけられ、関心を集めていたのが口腔・歯科領域だ。全身の健康寿命を延ばすための防衛ラインとして、いま歯科にどんな役割が求められているのか。会場で交わされた議論から、その現在地を追った。

実は「腸」より「口」が先?――オーラルフレイルとガットフレイルの接点

「腸、腸とは言いますが、実はお口のほうが大事なんじゃないかという意見があるんですよね」
シンポジウム「Well-beingを目指すガットフレイルの克服」で、座長を務める京都府立医科大学の内藤裕二教授がこう切り出すと、会場を埋めた聴衆から頷きが返ってきた。焦点となったのは、加齢に伴う消化管機能の低下を指す「ガットフレイル」と、口腔機能の衰えである「オーラルフレイル」の相互作用だ。演者として登壇した順天堂大学医学部消化器内科の竹田努先生は、日常診療での実感から口を開いた。

「外来の患者さんを診ていると、歯が抜けて十分に噛めなくなり、食事を丸飲みするようになってからお腹の調子を崩す方が少なくありません。口腔内の機能低下が消化管の不調を招き、口腔内細菌や腸内細菌のバランス変化を介して全身症状へ波及しているのではないかと考えました」。

オーラルフレイルとガットフレイルの接点に関する発表

オーラルフレイルとガットフレイルの接点に関する発表

竹田先生らが提示したのは、働く世代を含む日本人2,850名を対象に実施した大規模なインターネット調査の解析結果だ。研究チームは、Oral Frailty Index-8(OFI-8)を用いてオーラルフレイル該当群262名と非該当群2,588名を抽出。年齢や生活習慣、全身性フレイル指標、SF-8による健康関連QOL、そして消化器症状尺度である出雲スケールを組み合わせた多変量ロジスティック回帰分析を行った。その結果、オーラルフレイルは年齢や全身のフレイル指標と有意に関連するだけでなく、身体的・精神的なQOL低下とも独立して有意に関連していることがわかった。さらに注目すべきは消化器症状との相関で、逆流症状の中でも、とりわけ「のどの違和感」がオーラルフレイルと強い結びつきを示した点だ。

竹田先生はこの病態のメカニズムについて、次のように考察を述べた。
「口腔機能が低下して咀嚼が不十分になると、唾液分泌量が減少し、咽頭の乾燥や違和感に直結します。さらに、歯がグラグラしている動揺歯を持つ患者さんでは逆流性食道炎に伴うバレット粘膜(バレット食道)のリスクが高く、歯を失った無歯顎の患者さんでは胃酸逆流症状と有意な相関があることが内視鏡検査からも分かっています。胃酸の逆流はお口の中を酸性に傾けて歯の酸蝕や歯周病を悪化させ、それがさらなる口腔機能の低下を招くという、負のスパイラルが存在するのです」

同セッションでは、東海大学医学部内科学系消化器内科学の鈴木秀和教授からも、機械学習モデル「B3 Analytics」を用いた上部消化管ガットフレイルの関連因子解析が報告された。2,850名のデータから食後のもたれ感や心窩部灼熱感を予測するモデルにおいても、喉頭咽頭部の不快感や生活習慣が主要な予測因子として抽出され、上部消化管の不調と口腔機能の連関がデータ解析の観点からも裏付けられた。

出雲スケールを用いた回帰モデルにより回答者を分類し、ガットフレイルとの関連を解析

オーラルフレイルは身体的・精神的なQOL低下とも関連

講演後のディスカッションでは、フロアから参加していた歯科医師がマイクを握り、歯科医療現場の現状を共有した。
「現在、歯科領域では『口腔機能低下症』という保険病名が確立しており、7つの検査項目によって機能低下を客観的な数値として捉えられる体制が整っています。厚生労働省のデータではオーラルフレイルの有病率は高齢者の3割弱ですが、客観的検査に基づく口腔機能低下症は実に5割弱に達します。自覚症状が出る前の前段階を歯科が検査で捉え、早期にアプローチすることが可能です」

この発言を受け、竹田先生が「前向きな介入研究を進める必要性を強く感じている」と応じると、座長の内藤教授が「この学会は歯科領域の先生方に支えられている。医科と歯科が手を組んで研究を進め、口腔と全身のフレイル連関を議論していくことが重要」と賛同した。口腔機能の維持が消化管を守り、健康寿命を延ばすことにつながる――その共通認識が、会場に浸透した場面だった。

口腔粘膜疾患と加齢――口の中は全身の老化を映し出す精密センサー

シンポジウム「なぜ今、口腔粘膜疾患なのか -老化・免疫・感染症から考えるアンチエイジング」は、立ち見が出るほどの盛況となった。座長を務めたのは、昭和医科大学歯学部口腔病態診断科学講座口腔病理学部門の美島健二教授と、近畿大学医学部歯科口腔外科の榎本明史教授。う蝕や歯周病にとどまらず、口腔粘膜の微細な変化を捉えることが全身のアンチエイジング医療において重要であることが、病理と臨床の双方から丁寧に語られた。

演者として登壇した京都大学大学院医学研究科口腔外科学分野の廣田誠先生は、「口腔粘膜老化と前癌病変形成における生活習慣の役割」と題した講演で、臨床現場の視界を広げる提言を行った。
「口腔粘膜の老化は、加齢に伴って起きる受動的な変化ではありません。長年にわたる生活習慣や物理的・化学的な環境によって修飾される動的なプロセスとして捉え直す必要があります」

口腔粘膜の部位的・機能的分類について解説

口腔粘膜の部位的・機能的分類について解説

廣田先生は、口腔粘膜が日常的にさらされている環境を解説した。喫煙や過度の飲酒に加え、不適合な補綴物による慢性的な機械的刺激、口腔乾燥、低栄養といった因子が重なることで、局所の血流低下や酸化ストレスの増大、持続的な慢性炎症が引き起こされる。これらが上皮の修復力を低下させ、細胞異型や上皮異形成を形成する基盤となる。とりわけ廣田先生が強調したのは、2017年のWHO分類改訂によって従来の前癌病変・前癌状態という枠組みから統合された「口腔潜在的悪性疾患(Oral Potentially Malignant Disorders:15疾患)」の重要性だ。
「白板症や紅板症、口腔扁平苔癬といったOPMDは加齢とともに発症頻度が高まりますが、最大の問題は、初期病変の多くが自覚症状に乏しいまま進行する点にあります。痛みを伴わないため、患者さん自身が異変に気づくことは容易ではありません。だからこそ、口腔を単なる消化管の入り口として見るのではなく、全身状態や生活習慣を敏感に反映する健康寿命のセンサーとして診る視点が欠かせないのです」

日常臨床において粘膜病変をどう見極めるべきか。廣田先生は、口腔粘膜のターンオーバーがおよそ2週間という速いサイクルを持つ特性に触れ、鑑別の要点を整理した。粘膜表面そのものが破綻している粘膜自体の病変(アフタ、びらん、浅い潰瘍など)であれば、原因を取り除けば2週間前後で治癒傾向を示すことが多い。しかし、2週間以上経過しても縮小しない白色病変や紅斑、あるいは粘膜の上皮下に存在する粘膜下の病変(骨隆起、粘液嚢胞、唾液腺腫瘍、血管腫など)に対しては、上皮異形成や初期がんの可能性を視野に入れた慎重な鑑別が求められる。

粘膜の小さな異変を見逃さないことが患者の命とQOLを守る本質的なアンチエイジング医療につながる――廣田先生の言葉が示すとおり、定期検診で日常的に患者の口腔内を観察できる歯科は身近なゲートキーパーとなり得る。

高スループット解析――細胞分化を予測し、幹細胞から「狙い通りに再生」する日

基礎医学とテクノロジーの融合がもたらす新たな潮流を印象づけたのが、シンポジウム「ゲノムやエピゲノム情報の解析とモデリングからの創薬」だ。登壇したのは、東京科学大学総合研究院難治疾患研究所および理化学研究所TRIP事業本部を兼務する山根万里子先生だ。山根先生は「大規模時系列RNA-Seqに基づくヒト初期分化シグナル経路統合解析基盤の構築」と題し、生命現象をデジタルデータとして網羅的に捉え直す先駆的な研究成果を発表した。

「従来の遺伝子機能解析は、個別の培養条件下で特定の遺伝子を過剰発現させたりノックダウンしたりする手法が主流でした。しかし、実験ごとの培養条件のばらつきが大きく、データを横断的に統合して分化制御ネットワークの全体像をモデル化することは困難でした」と山根先生は研究の背景をふり返った。この課題を突破するために山根先生らが構築したのが、自動化されたロボット技術と微量トランスクリプトーム解析を組み合わせた高スループット解析だ。384ウェルプレートを用いたヒトiPS細胞の均質な培養系に、研究室で独自開発された微量高精度RNA-Seq法「bulk Quartz-Seq2法」を組み合わせ、368種ものシグナル伝達促進・阻害化合物を投入。0時間から96時間までの7つのタイムポイントで経時的な遺伝子発現変化を追跡した。内胚葉分化の初期データセット(21,888検体)から始まったこの取り組みは、三胚葉分化全体へと拡大され、合計219枚の384ウェルプレート、実に8万検体を超える巨大データセットへと到達している。山根先生は取得したデータを示しながら、今後の展望を語った。

「未分化な状態から内胚葉、中胚葉、外胚葉へと進む三胚葉分化の過程において、GSK3やROCK、JAK/STATといったシグナル経路が細胞の運命決定をどのように制御しているのかが、時間軸に沿った高解像度のデータとして捉えられるようになりました。組成が明確に規定された条件下で細胞の状態遷移を予測する基盤モデルを現在構築しています」

この技術が進展すれば、将来の歯科医療における歯周組織再生や顎骨再生、唾液腺再生など、幹細胞を用いた組織再生治療において、「どのシグナルをどのタイミングで制御すれば狙った細胞・組織へと効率的に分化誘導できるか」を高精度にシミュレーションできる可能性がある。

基礎研究の進化はそれにとどまらない。同シンポジウムで座長を務めた八谷剛史先生らは、別のセミナーにおいて「大規模エピゲノムモデル(LEM)」の進捗を発表した。血液中のDNAメチル化部位(443万箇所)を網羅的に解析し、合計1.3兆データポイントという世界屈指の大規模データセットをAI基盤モデルに学習させる取り組みだ。この「エピジェネティッククロック」による生物学的年齢の高精度な算出が社会実装されれば、老化は不可逆で曖昧な現象ではなく、可視化され科学的に介入・コントロール可能な対象へと変貌を遂げる。

専門知識ゼロからの医療AI・DX――脆弱性診断から独自ツール開発まで現場業務が一変

先端科学が生命の仕組みを解き明かす一方で、日々の臨床現場は人手不足と煩雑な事務作業という現実に直面している。この課題に対する明確な処方箋を示したのが、会長企画シンポジウム「AI技術」に登壇した東日本税理士法人代表社員所長の長英一郎氏だ。公認会計士・税理士として診療報酬や医療経営に精通し、『生成AI×医療介護経営』『医療のための生成AI実践ガイド』などの著書を持つ長氏は、「医療機関での生成AI活用事例」と題した講演において、2026年現在における医療DXのリアルな導入実態を語った。

2023年のChatGPT登場以来、AIの活用法を一貫して追ってきた長氏は、まず導入の最大の壁となる「セキュリティの懸念」に対し、自らの検証結果を交えて解決策を提示した。手始めに自法人のWebサイトの脆弱性をClaudeに調査させたところ、問題点の抽出から具体的な解決手順の提示まで瞬時に行われたという。その能力の高さを示したうえで、多くの医療機関が懸念する個人情報保護について、プログラミングの知識なしに、Claudeを用いてわずか30分で「オフライン環境でPDFから個人情報を自動除去するツール」を自作した事例を紹介。あらかじめこのツールで個人識別情報をマスキングし、各社のエンタープライズ契約や学習オフ(オプトアウト)設定を組み合わせれば、厚労省の医療情報セキュリティガイドラインに準拠した厳格な情報管理は十分に可能であると説いた。

こうしたセキュリティの課題をクリアした上で、長氏は事務負担を軽減する業務効率化の具体例を提示した。その一つが、スタッフの勤務表作成におけるClaudeの活用である。当初は実用に耐えなかったものの、わずか半年ほどのモデル進化を経て、現在では8〜9割の完成度でシフト表を出力できる水準に達しているという。従来のシステム開発であれば数百万円を要した仕組みが、月額数万円のAI利用料で実現可能となり、医療機関に大きな経済的恩恵をもたらしている。

患者説明や院内マニュアルの作成においてもAIによるコスト削減は著しい。入院案内や手術前の定型的なインフォームドコンセント動画を、AI音声合成ツールで内製化したケースでは、外注時に300万〜500万円を要していた制作費が数万円のツール利用料へと圧縮された。また、スマートフォン等で撮影した車椅子の立ち上がり・移乗介助動画をAIに解析させ、手順ごとのポイントと注意点を網羅した業務マニュアルを数分で自動出力させる運用も、すでに現場で定着を見せている。

講演後の質疑応答では、こうした実例を受けて、会場の産業医から「膨大なカルテ情報の要約をAIに任せたいが、個人情報保護の壁をどう乗り越えるべきか」という問いが投げかけられた。これに対し長氏は、講演内でも触れた手法を改めて強調し、「個人識別情報を確実にマスキングし、エンタープライズ契約や学習オフ設定を適用すれば、厚労省の基準に照らしても問題なく利用できる。過度なリスク意識にとらわれて立ち止まることこそが最大の損失だ」と明快に答えた。

続いて、座長を務めた加藤浩晃先生(デジタルハリウッド大学大学院 デジタルヘルス研究室)から「導入が進まないクリニックが、最初の一歩を踏み出すための鍵」を問われると、長氏は組織マネジメントの本質を突く言葉を返した。
「やはりキーマンを選ぶことがすごく大事です。やる気のある方って院内に必ずいるので、まずはそういう方を見つけてやってもらうのがポイントだと思います。実際、私が昨日伺った広島の病院でも、一人の薬剤師の方がAIを積極的に活用していて、その方発信で院内へうまく横展開されている感じでした。最初に着手する業務としては、サマリー作成などが向いています。インターネットに繋がらない生成AIであっても、要約くらいなら問題なくこなしてくれますので、まずはそうした定型業務からスタートするのがいいんじゃないかと思います」

会場では口腔領域に関するポスター発表も行われ、関心の高さがうかがえた

会場では口腔領域に関するポスター発表も行われ、歯科への関心の高さがうかがえた

抗加齢(アンチエイジング)の門番は、歯科である

取材を通じて実感したのは、抗加齢医学の捉え方が確実に変わりつつあるということだ。アンチエイジングは、見た目の若々しさを追求することを超え、一人ひとりの心身が持つ機能的ポテンシャルを生涯にわたって引き出し、Well-beingを高めるトータルケアへと舵を切っている。

そして、その統合医療の現場において、口腔・歯科医療が果たす役割は大きい。歯周病が引き起こす全身の慢性炎症や血管障害を防ぐこと、オーラルフレイルを食い止めてガットフレイルや全身の虚弱を防ぐこと、そして粘膜のわずかな異変を見逃さないこと。これらはすべて、人間が食事をし、生命活動を営む上での一番手前の窓口であり、未病を防ぐための重要な砦だ。生涯にわたって患者に寄り添い、長期的に管理していくパートナーへ。歯科はいま、新たな役割へと着実に歩みを進めている。医科歯科連携の大きな潮流の中で、患者の未来を支える歯科医院の姿が、確かに見えてきた。

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