AIは歯科の「新しいスタッフ」になれるのか?――国内最大規模のテクノロジー展が示したリアルな未来と、踏み出すべき第一歩

イベントレポート

2026/06/01

AIが、あらゆる業界の「あたりまえ」を書き換え始めている。歯科もその例外ではない。

ただし、その変化は均一には訪れない。デジタル化が叫ばれて久しい歯科業界である。多くの電子機器が院内の風景に溶け込むなど、ハードウェアの進化は着実な歩みを見せている。だが、「ソフトウェア」――すなわち業務プロセスやスタッフマネジメント、実践知の共有といった領域に目を向ければ、依然としてアナログ作業に寄りかからざるを得ないのが、偽らざる実情ではないだろうか。経営と臨床の板挟みの中で、属人化という問題は長らく「仕方のないもの」として受け入れられてきた。しかし今、その前提が崩れ始めている。

AIの進化である。

「AIって結局、何ができるのか」「私たちの医院の現実に、本当に通用するのか」――そう疑念を抱くのも、無理はない。その問いを手に、IOCiLでは2026年4月15日から17日にかけて東京ビッグサイトで開催された国内最大規模のテクノロジー総合展『NexTech Week 2026【春】』へと足を運んだ。本コラムでは、そこで得た最前線の知見を、歯科医院経営という視点から紐解いていきたい。

来場者数3万人突破「AI実装元年」の衝撃

多くの来場者で熱気に包まれた東京ビッグサイトの会場内。

多くの来場者で熱気に包まれた東京ビッグサイトの会場内。

熱狂の3日間だった。
会場は、通路を歩くことすら困難に思えるほどの活気に包まれていた。3日間の総来場者数は実に33,612名。15日が8,732名、16日が11,197名、そして最終日には13,683名と, 後半に向けて動員は熱を帯びるように増加の一途をたどった。会期中に実施された合計38のセッションには、前年比130%増となる12,807名もの聴講者が殺到したという事実からも、その凄まじい熱量が窺えるだろう。

『AI・人工知能EXPO』、『ブロックチェーンEXPO』、『量子コンピューティングEXPO』、『AI時代の人材・組織改革EXPO』、日本初開催の『ヒューマノイドロボットEXPO』という5つの構成展が、東京ビッグサイトという巨大な空間を埋め尽くしていた。

かつてAIは、「未来の話」に過ぎなかった。しかし今回、会場のそこかしこで感じたのは、「導入するかどうか」を議論する段階は完全に終わりを告げ、「いかに組織の血肉として組み込み、結果を出すか」という実行フェーズへ社会全体が移行したという、明確な空気の変化だった。

この波は間違いなく歯科業界にも押し寄せる。

情報処理推進機構(IPA)が発表した最新の『DX動向2025』を見れば、それは明々白々だ。日本国内で何らかの形でDXに取り組んでいる企業の割合は実に77.8%に達しており、デジタル変革はもはや、どの業界にとっても無視できない潮流となっている。

しかし、その普及率の裏側には、もう一つの現実が隠されている。同調査において、変革を推進するデジタルの担い手が「大幅に不足している」「やや不足している」と回答した企業は、なんと85.1%に上るのだ。「取り組み自体は進んでいるが、実務を動かせる人間がいない」という構造は、現在の歯科医院が直面している課題と重なる。

どれほど高価で新しい機材やシステムを買い揃えようと、それを現場に落とし込む担い手がいなければ何の意味もない。「誰が、どう使うか」を設計すること――それこそが、AI活用の本質なのである。

小澤健祐氏が紐解く、AI社会実装の「実行フェーズ」

特別企画「AI TABLE」でモデレーターを務める小澤健祐氏(写真右)。

特別企画「AI TABLE」でモデレーターを務める小澤健祐氏(写真右)。

展示会場内でひときわ白熱した議論が展開されていたのが、AIの社会実装をテーマにした特別企画『AI TABLE』である。ここではAI分野における実務家たちが集結し、現場でのリアルな実践知が共有された。

AI TABLEにおいて、3日間を通してモデレーター・プロデューサーとして多くのセッションを牽引したのが、一般社団法人AICX協会の代表理事であり、AI社会実装の第一人者である小澤健祐(おざけん)氏だ。グーグル・クラウド・ジャパン、日本マイクロソフト、セールスフォース・ジャパン、日本HPといった世界を牽引する企業のリーダーたちとのセッションを鮮やかに仕切り、その場にいる誰もが「まさにそれが聞きたかったのだ」と膝を打つような問いを投げかける。それがおざけん氏の真骨頂だ。各セッションにおいて、AIが単なる「未来の技術」から「目前の実務」へと完全に移行したという事実を顕在化させていった。導入で満足する時代は終わっている。いかに業務プロセスに溶け込ませ、組織のあり方を根本から変革するか。彼は解像度の高い言葉を用いて、社会が迎えた「実行フェーズ」の核心を的確に射抜いた。

すべてのセッションを終えた後、おざけん氏はこう語った。

「『人間とAIが共存する社会をつくる』

これが自分のビジョンだと言い続けてきました。

その言葉がただのコピーじゃないと、改めて確信。

業界の垣根を越えた人たちが同じ問いを持って集まる場所を作れること。その場の真ん中に立てること。

それがどれだけ尊いことか、3日間で何度も思い知らされました...

関わってくださったすべての方に、心から感謝です」

その言葉には、単なる理想論ではなく、自ら最前線に立って新しい時代を切り拓いてきた先導者としての、確かな手応えが滲み出ていた。

AI の「質的変革」――専門家の思考プロセスを再現する時代へ

超満員となった特別対談セッション「AI進化の軌跡と未来への提言」。

超満員となった特別対談セッション「AI進化の軌跡と未来への提言」。

今回の視察において興味をひかれたのは、『AI進化の軌跡と未来への提言』と題された特別対談セッションだった。登壇したのは、慶應義塾大学教授であり人工知能学会会長を務める栗原聡氏と、株式会社Preferred Networks(PFN)代表取締役の岡野原大輔氏。モデレーターは小澤健祐氏が務めた。

1,000人を収容する巨大な会場は、開演前から満員に膨れ上がっていた。立ち見客が通路を二重、三重に取り囲み、一言も聞き漏らすまいとする濃密な静寂が空間を支配していた。

岡野原氏によれば、現在のフロンティアモデル構築は、莫大な計算リソースと人手を投じる「装置産業」へと変貌を遂げているという。一方、栗原教授は、圧倒的なデータと計算機資源がテクノロジー史上初めて「量が質を変える」現象を引き起こしたと指摘した。

「今のAI(LLM)は、単なる辞書のデータを溜め込んだだけのものではありません。小説から、日々の何気ないつぶやきまで――人間の思考のスナップショットを、圧倒的な量で取り込んでいる。つまり、人間らしいエゴやジレンマ、言葉の響きまで、今のAIは保持しているんです」

続けて岡野原氏は、日本独自の勝機を「現場のデータ」に見出す。

「病院の先生の知見、企業の個別履歴、地方の名店の情報――これらは海外のモデルが容易にアクセスできない領域です。日本の中にある価値の高いデータを使えば、グローバルな汎用モデルとは異なる価値を生み出せる」

この言葉を、歯科の臨床現場に置き換えてみてほしい。

院長が数十年という歳月をかけて培ってきた「この症例にはこの設計」という閃き。ベテランの歯科衛生士が、患者の表情ひとつから察知する微かな違和感。こうした言葉には到底しにくい「暗黙知」を、AIという触媒を通じて組織の揺るぎない共有財産にできる時代が来た――この日の対談が突きつけた最大のメッセージだった。

AIの差別化は「どのモデルが賢いか」ではなく「誰と話したいか」に移り変わる

特別対談と並んで強烈なインパクトを与えたのが、株式会社Aww代表取締役・守屋貴行氏によるAI Tableセッション『人の代わりではなく、人を拡張するバーチャルヒューマンという新戦力』だった。

AIの進化は、もはや画面上のテキストの世界にとどまる気配を見せない。「身体性」を獲得したAI、すなわちバーチャルヒューマンやフィジカルAIが台頭してきているのだ。

守屋氏は、AIの知能そのものがコモディティ化(均質化)していく中で、今後の差別化の鍵は「身体性」と「IP(キャラクター)」へと完全に移行していくと言い切った。

「誰と話したいか」というキャラクター性こそが愛着を生み、人間らしい自然なコミュニケーションを誘発する――そう断言した守屋氏のセッションでは、24時間365日稼働する自律型AIエージェントを企業の〝顔〟として配置する実務モデルが提示された。システム提供費用から算出されたコストは時給換算で800円相当。これを将来的に歯科医療のフロントワークにスライド適用させれば、患者への一次説明や予約受付の自動化において、圧倒的な資産となる可能性を秘めている。

歯科医師や歯科衛生士が日々向き合っているのは、高度な専門処置ばかりではない。その前後に発生する、繊細なコミュニケーションも重要な実務である。初めての治療に不安を抱く患者への説明、治療内容の丁寧な確認。あるいは、予約に関する電話応対。これらはどれも、現場において疎かにできない重要なプロセスだ。だが、患者を思って真摯に向き合うほどに、集中力は消耗していく。どれほど志が高くとも、ひとりの人間が維持できるエネルギーには限界があるからだ。

バーチャルヒューマンが担うのは、まさにその領域だ。

基礎的な案内や情報の共有をバーチャルヒューマンに委ねたとき、歯科医師や歯科衛生士は、万全の心身をもってユニットの傍らに座ることができる。研ぎ澄まされた集中力を、目の前の臨床に注ぎ込む。それが、歯科医療の質を変える。

スタッフ教育での活用もまた然りだ。院内のルールや接遇マニュアルを学習させたバーチャル講師を導入すれば、先輩スタッフが診療の合間を縫って同じことを何度も繰り返し教えるという徒労から解放される。

フィジカルAI――「環境を変えられない非定型な場所」に適応できるロボットへ

会場内で実際にドリンクをサーブするヒューマノイドロボット。

会場内で実際にドリンクをサーブするヒューマノイドロボット。

会場内で来場者の視線を釘付けにしていたもう一つの目玉が、日本初開催となる『ヒューマノイドロボットEXPO』だ。ロボットの世界市場規模が2032年に660億ドルまで急成長すると予測される中、実際に会場内ではヒューマノイドロボットが稼働し、ドリンク配布カウンターで来場者へ直接飲み物をサーブする光景があった。

AIロボット協会(AIRoA)理事長である尾形哲也氏が語った「フィジカルAI」の進化もまた、将来の歯科医療が大きく様変わりする未来を予感させるものだった。

従来の産業用ロボットは、工場のようにあらかじめロボット用にデザインされた環境の中で、同じ動きを速く正確に繰り返すことがすべてだった。しかし、これからのフィジカルAIが挑むのは、人間側が「環境をコントロールできる定型的な場所」をお膳立てする世界ではない。

尾形氏はロボットが工場を出て、私たちの日常空間へ入ってくる未来を見据えている。

「人間が住んでますから勝手に変えられません。適応的にやっていかなきゃいけない」

――現実世界の不確実な動きを、人工知能の力によって柔軟にカバーしようという思想だ。レストランやホテル、あるいは病院など、人間が生活している環境を工場のようにつくり変えることなど到底できない。環境をこちらでコントロールできないからこそ、AIが周囲の状況をその都度判断し、しなやかに合わせにいく必要がある。

ヒューマノイドがサッカーボールを追いかけるデモンストレーション。

ヒューマノイドがサッカーボールを追いかけるデモンストレーション。

歯科ユニット周りは、まさに非定型の極みだ。患者の体格も違えば、要求される器具の種類も、その瞬間の緊急度も、目まぐるしく変化し続ける。フィジカルAIは、こうした複雑極まる環境のなかで幾度も試行錯誤を繰り返し、自律的に動く能力を獲得していくだろう。診療補助ロボットが術者の動線を先読みして器具をセッティングしたり、訪問歯科の現場で機材を黙々と運んだりする日は、決して遠い未来の夢物語ではない。

この文脈で、前出した栗原教授の言葉が鋭く刺さる。

「高品質なテキストデータはあと数年で使い切ってしまうかもしれないが、現実世界の動画やセンサーデータ、ロボットが試行錯誤して得る『経験データ』は無限に近い」

――一回性の高いデータこそが、これからのAIを育てる最高の資産になる。院内に蓄積され続ける臨床データを持つ歯科業界が、この先どれほど大きな可能性を秘めているか。その示唆は、決して小さくない。

個人の努力やセンスに依存しない「仕組み」づくり

「でも、うちのスタッフは最新技術を使いこなせるだろうか」。そう不安が脳裏をよぎるのも無理はない。テクノロジー導入の最大の壁が「DX人材の不足」であることは、前述のデータが明確に示している。『AI時代の人材・組織改革EXPO』では、デジタルスキルの底上げはもちろん、共感力やリーダーシップといったAIに代替されない「ソフトスキル」の育成こそが急務であることが繰り返し強調されていた。

最新テクノロジーを極めようとすればするほど、最後は「人」と「組織」の根本的なアップデートに行き着く。これはまさに、スタッフマネジメントや教育課題に日々頭を悩ませる歯科医院の現実と地続きの課題なのである。

しかし、その解決策もまた明示されていた。学びを単発の「受講」で終わらせず、以下の一連のサイクル――いわゆる「ラーニングジャーニー」(のぞむ → わかる → まなぶ → はかる → みとめる → つかう → おしえる)に落とし込むことだ。

個人の努力やセンスに依存せず、誰もが無理なく新しい技術を取り入れられる「仕組み」をつくること。スタッフが「AIで資料作成が楽になった!」という小さな成功体験を仲間と共有し、互いに賞賛し合う文化。こうした「仕組み化」こそが、AIを本当の組織の力へと変える唯一の鍵なのだ。

AIを「パートナー」として迎える第一歩

今、歯科医療の現場は歴史的転換点を迎えている。「属人性を排除した医院の仕組み化」――それは、長年不可能だと思われてきた高い山だ。しかし、AIという武器を手にした今、その頂はかつてないほど鮮明に、私たちの眼前に姿を現し始めている。

「忙しくて新しいことを覚える暇などない」「うちの医院にはまだ早すぎる」。そうやって目を背けたくなる気持ちは、人間としてごく自然なことだ。しかし、技術進化の波は、誰かの準備が整うのを待ってくれるほど優しくはない。

 

IOCiLは今回、世界のトップランナーたちと絶えず議論を重ねてきた小澤健祐氏を講師として招聘した。同氏が「歯科」の領域に向けて自らの知見を語るのは、これが初めての試みとなる。

なぜ今、彼に語っていただくのか。そこには、『NexTech Week 2026』の会場でも多くの経営者が直面していた、ある切実な問いが存在する。

「自分たちの現場で、AIをどう使えばいいのか――」

IOCiLのセミナーは、この普遍的な問いに対して真正面から向き合い、最前線の熱気と最適解を、歯科の現場へと接続する。

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